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海外教育レポート

2007年12月31日

ユ−モア医療の実際 ~スイス・テオドーラ財団の活動例~

くすりの適正使用協議会海外情報コーディネーター 鈴木 伸二 

 世界のどこでもいろいろな諺があり、その中で共通しているもののひとつに「笑いは健康のもと」がある。これは昔からの言い伝えであって、往時は特別に科学的、医学的根拠があって使われていたわけではなかった。しかし、最近ではこの笑いが、医学的にも十分なデータが得られ、医療上意義があるものとして研究され、注目されるようになりつつある。
 すなわち近年、この笑いと医療とを直接結びつけた「ユ−モア医療(humor therapy)」という概念が欧米で普及し始め、この分野の研究はgelotologyと呼ばれている。

ユ−モア医療の実際

 ユ−モアと笑いは厳密には異なり、前者は行為であり、後者はその結果と理解できるが、基本的には両者は切り離すことができない性格のものである。最近のいろいろな研究から笑いのもたらす効用は以下のように要約することができる。

1) ストレス解消に貢献する (アドレナリンとコルチゾールの分泌抑制)
2) 免疫機能向上 (エンドルフィンの分泌促進、ナチュラルキラー細胞の活性化)
3) 肺内ガス交換の促進(十分な酸素の補給)
4) 横隔膜運動の加速 (消化を促進、コレステリン値の減少)
5) 顔面筋肉を刺激(顔に若さをもたらす)

 このような観点から、笑いを介したユ−モア医療を実際に病院で実施して成果を挙げているテオドーラ財団(http://theodora.org)の活動を紹介する。

 この財団の目的はユ−モア、笑いを通して治療に貢献することであり、入院、とくにがん疾患など長期入院を必要としている子供たちにクラウン(道化師)活動を提供し、治療促進を期待するものである。

 この財団の事業はいろいろな企業の善意による支援で運営されている。13年前にスイスに設立され、現在までにスイス国内のみならず、イタリア、英国、ロシア、ブラジル、香港の病院とも提携し、クラウン(道化師)活動を行っている。現在、スイス国内の39病院、英国内の8病院、など、各国合計で89の病院を定期的に巡回訪問している。スイス国内では毎週一定の小児病院を訪問し、年間平均で5万5千人の入院児童を訪問している。

 この財団に所属している通称「クラウン・ドクター(医師ではない)」は現時点では30人の陣容となっていて、英、独、仏、伊、各国語のグループに分かれている。基本的にはこれらのボランティアは、一定の訓練を受けて合格して初めて「クラウン・ドクター」の資格を得ることができ、その後も定期的に再訓練が行われている。この資格を得るにはそれなりの芸術的なセンスがあり、また児童心理をも理解し、実際の治療にあたる医師と児童患者との間の橋渡し役を担えることが求められている。

 ユ−モアを介在して笑いをもたらすことは意外に高度の技術を要するものであり、それなりの特別な訓練、教育が必要とされている。また実際にそのような人為的なユ−モア活動を提供する場合には相手の心理状況をも十分に考慮する必要があり、誰にでもこのクラウン活動が無条件で受け入れられるとは限らない。たとえば、子供と大人ではそのようなクラウン活動への認容度、受け入れ感はかなり異なるからである。

 実際にこの「クラウン・ドクター」が定期的に訪問している小児病院では、短い時間のクラウン活動ではあるが、入院児童たちはその訪問を楽しみにしており、間接的な治療効果が得られている。筆者がこの財団の講演会で感銘を受けたことのうちのひとつであるが、昏睡状態にあるひとりの入院児童に対して、他の子供たちと同じように「クラウン・ドクター」が演技をみせ、その後この子供が昏睡状態から覚めたときに、目を輝かせて何を見たかを話し始めたとのことであった。

日本での活動

 この財団の活動は笑いを通して極めて特異的な活動をしていることになる。日本でも実際の治療にこのユ−モアと笑いが導入され、医学的な成果が確認、報告され始めている。例えば、筑波大学での実験では、実験の当日絶食していた2型糖尿病患者19名(平均年齢64歳)と、同様に絶食をしていた対照健常人5人(平均年齢54歳)が同じ食事を摂り、その後退屈な40分の講義を聞かされた。そして、その翌日、両グループは前日と同じ食事を摂ったあと、すぐに40分の漫才を聞かされ、当然そこでは大笑いの場面が続発した。

 この実験で、両グループで食前と、講義あるいは漫才に参加した後の血糖レベルをそれぞれ測定したところ、笑いの後での血糖値がかなり低いことが判明した。つまり、この実験では笑いが血糖値を下げたことになる〔Diabetes Care 2003, 26(5), p.1651〕。

 また、日本医科大学での実験では、学生が狭い高圧酸素室に入って、1時間経過するとナチュラルキラー細胞は2割以上低下した。ところがビデオ装着型眼鏡でお笑い番組を見ながらだと、逆に3割以上もナチュラルキラー細胞が上昇した。このことからも「笑いと免疫」が密接に関与していることが証明されている(新聞報道)。

●海外の医学雑誌に発表された類似研究

・10分間だけ笑うことにより強直性脊椎炎の激痛が緩和された例(N.Engl.J.Med.1976,295:1458)
・笑いにより間接リウマチの痛みが緩和された例(J.Rheumatol. 1996,23:793)
・笑いによりアトピ−性皮膚炎での免疫反応が向上した例(JAMA 2001,285(6),738)

●gelotologyに関した研究団体、雑誌

・アメリカを中心とした国際ユ−モア研究学会  International Society for Humor Studies(ISHS)
・アメリカユ−モア医療協会  American Association for Therapeutic Humor(AATH)
・国際ユ−モア研究雑誌  International Journal of Humor Research(http://humor.ch

副作用のない医療

 このように笑いの医療への効用について、医学的にもいろいろなエビデンスが報告されつつある。笑いはまったく副作用がなく、費用もあまりかからないので、代替医療のひとつとして今後ますます医療分野で注目されるかもしれない。


 最近では日本でもこのユ−モア医療の意義が認識され始め、医療機関独自に、あるいは大学と連携した形で医療の分野に導入され始めている(例:帝京平成大学の「笑いとセラピー」講座、日本クリニクラウン協会など)。

入院児童たちの心に 太陽をもたらすクラウン・ドクター(同財団紹介パンフレットより)


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